医療の現場から『鼠径ヘルニア』 (2012.12.10)

鼠径ヘルニアは比較的頻度の高い疾患です。皆さんのなかでも、鼠径ヘルニアで手術をしたことがある人が、結構いるのではないかと思います。

子供から大人まで、すべての年齢で発症しますが、発症の原因は子供と大人では全く違います。
子供のヘルニアは、“腹膜症状突起の遺残”、つまり胎生期(お母さんのおなかの中にいるあいだ)に伸びた腹膜がおなかに戻らずに鼠径部に残っているために生じる、いわば生まれつきが原因でなる病気と言われています。
大人のヘルニアの原因は、おなかの底の筋肉の隙間から“ニュルッ”と出てくるイメージです。

したがって治療法も全く違います。子供の場合は残っている腹膜を見つけて根元で縛るだけでOKです。大人の場合は、何らかの形で出てくる隙間を補強しないといけません。
1990年代に“メッシュ”素材が登場するまでは、自分の筋肉や腱膜などで隙間を合わせて補強し修復するより方法がなく、そのため術後に再発やつっぱり感などが生じやすいとされていました。メッシュ素材が登場してからは、特別な理由がない限りはメッシュを用いて、組織に緊張がかからない方法で修復する方法が通常となりました。
現在さまざまなタイプのメッシュがあります。自分が医者になってから使用したメッシュの種類は4種類にのぼります。

鼠径ヘルニアはその成因から考えてわかるとおり、手術以外に治療法はありません。理論的には放っておいたり薬を飲んだりしても、絶対によくなりません。放っておくとだんだん出てくる頻度が増えたり、膨瘤の大きさが大きくなったり、つっぱる感じや違和感などの症状が増悪します。

出てくる内容はたいていが可動性のある小腸ですが(脱腸と呼ばれる所以です)、大腸や大網、卵巣、左側の場合は虫垂のこともあります。内容が出っ放しになって、いわゆる嵌頓状態になると、腸内容が通過せずに腸閉塞になったり、腸の血流が悪くなり腸が腐って穴が開いたりして、最悪の場合は命にかかわることもあります。

逆に、医療従事者側から見たときには、腸閉塞の原因として鼠径ヘルニア嵌頓の場合がありますので、原因不明の腸閉塞患者を見た場合には、かならず鼠径部を確認して、鼠径ヘルニア嵌頓の有無をチェックすることが大切です。

鼠径ヘルニアは放っておいてもよくならないですし、命に関わる病態にもなりうる疾患ですので、鼠径部の膨瘤があり鼠径ヘルニアが疑わしいときにはすぐに病院を受診しましょう。

(札幌社会保険総合病院 外科医長 腰塚靖之)

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